たまには無報酬で働くということ

コーチング

最近迷大人になりました。

それでも日々仕事はあり、やる気やモチベーションに関わらず、こなさないといけません。

理由は簡単で、報酬が発生しているからです。

1年分の契約をしているので、「やっぱやーめた」とはいきません。

常にプロとして仕事をします。

そこには、良くも悪くも感情は関係ありません。

「お気持ち」や「モチベーション」は関係はなく、「良いものを提供する」がプロとしての仕事です。

そして仕事には報酬が発生するのは当たり前でし、私の生活はそれで成り立っています。

報酬は発生しなければ仕事はしませんし、できません。(生活があるので)

私はプロのコーチという仕事上、コーチング・指導が仕事です。

無報酬でコーチングをすることは「時間がもったいない」とか「単価をさげるべきでない」とか頭によぎります。

それでも今回は縁あって無料・無報酬で高校生のコーチングしました。

報酬を求めるものでもなく、「ただ困っている人を助ける」という気持ちからの行動でした。

「上手くなりたい人の力になる」というコーチの原点的なところでの行動です。

情熱や希望に満ちているが、技術や知識を知りたい!という高校生をしっかりとサポートしました。

率直な感想は「ここ最近で一番楽しかった」です。

報酬が発生しないというプレッシャーからの解放感と、シンプルに喜ばれるという嬉しさ。

お金では得られない感情を頂きました。

ずっとこんな気持ちでお手伝いできたらいいなーと思いつつも、生活がある以上は報酬はどうしても必要なものになります。常に報酬のことは頭をよぎります。

多くの人の力になりたい!と思う一方、綺麗事だけでは生活にならないのも現実です。

この狭間で揺れているのが最近の「迷大人」の中身かもしれない。

ただ今日は久しぶりにスカッと気持ちよく仕事したなー!と感じられ、非常にハッピーな気持ちです。

常に報酬や生産性などを気にする一方で、たまには無報酬で働く、という矛盾をあえて必要としているんじゃないかと思います。

自分は矛盾した不思議な人間なんだなと改めて思いました。

おわり

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